記事「ペットフードの会社を始めるには」の中でジビエを利用するペットフードを例として挙げました。原料として使用されるジビエ肉について、「HACCP」という食品衛生の考え方を採用している施設で処理された肉の利用を勧めました。この記事で初めて「HACCP」という言葉を目にした方も多いと思います。今回の記事は、「HACCP」とは何かを説明します。
2024年(令和6年)に入ってから田舎の物産館や直売所から手作りの漬物が消えてしまうことを惜しむ雑誌やインターネットの記事をご覧になったことはありませんか。これもHACCPが関係しています。「HACCP」とは何でしょうか?。
食品衛生とHACCP
世界保健機関(WHO)が規定した「食品衛生」の定義によると、食品衛生とは食品の生育、生産、製造から最終消費までの全ての段階で食品の安全性、健全性、良質さを確保するために必要な全ての対策を意味します。WHOによると、政府、事業者、及び消費者を含む全ての関係者が安全な食品を保証する責任を有しており、それぞれが相応の役割を有しています。日本では食品表示や緊急時対応などについての権限は消費者庁に付与されています。
コーデックス規格とHACCP
国連機関が国際的な食品安全基準として定めた規格にコーデックス規格があり、HACCPのガイドライが食品衛生に関するコーデックス規格として示されています。食品の輸出入を行う事業者に関係するところとしては、コーデックス規格は世界貿易機関(WTO)の判断基準として用いられています。
国際規格としては、「ISO規格」というものも目にすることが多いと思います。ISO規格は国際的な取引をスムーズに行うために商品等の基準として用いられており、食品の安全性に関してはISO 22000規格が食品安全マネジメントシステムの規格として定められています。
日本では令和3年6月1日から原則として全ての食品事業者がHACCPに沿った食品衛生管理に取り組むことが制度化されました。この制度化により、大規模事業者はHACCPに基づく食品衛生管理を行うことになり、市中の飲食店を含む小規模事業者もHACCPの方法論に則って食品衛生管理を行うことになりました。
また、農林水産省は、畜産物の安全性を向上させる観点からHACCPの方法論を採り入れた家畜の飼養衛生管理(農場HACCP)を推進しています。
HACCPの制度化が求めていること
HACCPは、Hazard Analysis and Critical Control Pointの略であり、食品の製造・加工・調理の工程における危害の原因・危険物を分析し(ハザード・アナリシス)、そのハザードを最も効率的に管理できる部分(クリティカル・コントロール・ポイント)を適切に管理することで食品事故のリスクを減少させ、それにより食品の安全を確保する国際的に認められた衛生管理手法のことを意味します。
令和3年6月1日以後のHACCPの制度化が全ての食品事業者に求めているものは何でしょうか?。それは、事業者自身がHACCPの考え方に沿って衛生管理計画を作成し、その衛生管理計画に基づいて日常的に衛生管理を実施し、そしてその実施の結果を確認・記録することです。
食品安全に対するハザード(危害要因)には生物学的ハザード、化学的ハザード、及び物理的ハザードが含まれます。下の表に各ハザードの例を挙げます。これらのハザードの管理に適切な段階は、ハザード毎に異なっており、大まかに考えても、食品を加工・調理・保存する設備や器具のメンテナンス段階、材料となる食品の管理段階、及び加工・調理とその後の調理済み食品の保存の段階が考えられます。前の二段階についてはどのようなメニューでも共通の衛生管理計画でハザードに対処できると考えますが、最後の加工・調理・保存の段階については提供するメニューに応じて異なる衛生管理計画を作成してハザードに対処することになります。
各ハザードの例
生物学的ハザード | 化学的ハザード | 物理的ハザード |
---|---|---|
細菌 | 使用基準不適合の食品添加物 | プラスチック片 |
ウイルス | 洗剤 | 金属片 |
カビ | 機械油 | 木片などの植物片 |
寄生虫 | カビ毒 | 砂や小石 |
アレルギー性物質 |
HACCPの制度化が求めているものは、事業者によるHACCP認証の取得ではありません。HACCP認証やISO 22000認証は民間団体が認証を行う制度ですが、その認証の取得と維持には費用がかかります。費用がかかっても認証取得をアピールすることで自社製品を他社製品と差別化することでき、それによって自社製品の流通・販売が有利になるという経営判断から認証を受けることを決定されたらよろしいと考えます。
HACCPの考えに則った衛生管理
ここでは、厚生労働省のホームページからダウンロード可能な公益社団法人日本食品衛生協会編の「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」を参照して小規模な一般飲食店(従業員数が数名程度)を対象としたHACCPの考え方を取り入れた衛生管理法の概要を説明することにより、HACCPの考えに則った衛生管理を解説します。その他の食品事業者向けの手引書も厚生労働省のホームページからダウンロード可能です(例えば、小規模ジビエ処理施設向けの手引書も厚生労働省のホームページからダウンロード可能です)。
衛生管理計画の策定
一般飲食店事業者における衛生管理計画には、食品衛生法第51条第1項第1号に関する衛生管理の基準が衛生管理計画の基礎として存在し、その上にHACCPの考え方を取り入れた「一般的衛生管理のポイント」と「重要管理のポイント」の2つ部分が存在します。便宜的に「食品衛生法第51条第1項第1号に関する衛生管理の基準」と「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」を分けていますが、前者もハザードを避けるための基準を挙げているという点でHACCPの考え方に沿っていると言えます。
食品衛生法第51条第1項第1号に関する衛生管理基準
食品衛生法第51条第1項第1号に関する衛生管理の基準には、
- 食品衛生責任者等の選任
- 施設の衛生管理
- 設備等の衛生管理(調理・加工用の器具及び設備並びに洗浄・清掃用の薬剤及び機材の点検・保管・整備等)
- 使用水等の管理(使用する水が飲用に適しているか水質を定期的に検査します)
- ネズミ及び昆虫対策
- 廃棄物及び排水の取扱い
- 食品又は添加物を取り扱う者(食品等取扱者)の衛生管理
- 検食の実施
- 情報の提供(調理・加工した食品の安全性に関する情報(アレルギー情報、健康被害の情報等)を提供します)
- 回収・廃棄(問題が見つかった食品を回収し、廃棄します)
- 運搬(食材及び調理・加工済みの食品の運搬も衛生管理の基準です)
- 販売(調理・加工済みの食品の販売も衛生管理の基準です)
- 教育訓練(衛生管理に関する教育を食品等取扱者に実施します)
- その他(記録と保存)
が挙げられています。これらの基準点について「いつ」、「どのようにして」、「問題があったときにどうするか」まで計画を策定することが求められています。
一般的衛生管理のポイント
一般的衛生管理のポイントはどの食品に対しても行うべき共通事項であり、一般的衛生管理のポイントには
① 原材料の受入の確認
② 冷蔵・冷凍庫の温度の確認
③ー1 交叉汚染・二次汚染の防止
③ー2 器具等の洗浄・消毒・殺菌
③ー3 トイレの洗浄・消毒
④ー1 従業員の健康管理・衛生的な作業着の着用
④ー2 衛生的な手洗いの実施
が含まれます。これらの点について「いつ」、「どのようにして」、「問題があったときにどうするか」まで計画します。「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」の中に挙げられているこれらのポイントは、主に生物学的ハザードに対応するものであると考えられますが、例えば、ポイント③ー1及びポイント③ー2の作業で物理的ハザードにも対応することができ、ポイント①及びポイント③ー2の作業で化学的ハザードにも対応することができると考えられます。これらの衛生管理ポイント毎に管理手順を策定し、手順書にまとめます。
重要管理のポイント
重要管理のポイントはメニューにあわせて行うべき事項であり、まず、メニューを非加熱のまま提供するもの(第1グループ)、加熱してすぐに提供するもの(第2aグループ)又は加熱した後に高温保管して提供するもの(第2bグループ)、及び加熱後冷却し再加熱して提供するもの(第3aグループ)又は加熱後冷却して提供するもの(第3bグループ)に分類します。次に、分類毎に食品衛生の観点から食材及び調理済みの料理の管理方法を決定します。この分類方法は、食中毒の原因になる細菌が増殖する温度である5℃と約57℃との間の温度域に食材及び調理済みの料理の温度が維持される時間を極力減少させることが生物学的ハザードのリスクを低減させることにつながるという考えに基づいています。
東京都のホームページからダウンロードできる一般飲食店事業者向けの「食品衛生管理ファイル」に上に挙げた分類毎の管理方法が記載されており、食材毎に付着している可能性がある細菌又は寄生虫の種類とそれらを死滅させるための温度も記載されています。ただし、「食品衛生管理ファイル」に記載されている管理方法は大雑把なので、事業者が管理方法をメニュー毎に精緻化する必要があると考えます。例えば、調理中の加熱温度又は調理後の冷却(冷凍)温度については、「食品衛生管理ファイル」に記載されている細菌又は寄生虫を死滅させる温度を参考に、メニュー毎に異なる温度を記載します。調理によりこれらの生物学的ハザードのリスクが低減したと判断する基準も事業者独自の衛生管理ファイルにまとめます。
衛生管理計画の実施
策定した衛生管理計画は、事業所の各スタッフが実施しなければ意味がありません。食品衛生責任者には一般的衛生管理の手順書と重要管理ポイントの衛生管理ファイルの内容をスタッフに周知させる責務、及び営業中に食品取扱者がこれらの手順書の内容を実施できているか確認する責務を持たせてよいと考えます。重要管理ポイントの衛生管理は調理に直結しているため、誰を重要管理ポイントの衛生管理の責任者とするかは事業所毎の判断事項になります。食品衛生責任者だけでなく、調理に携わる信頼できる従業員にもライン毎の責任者になってもらってよいと考えます。
衛生管理の記録
衛生管理の記録者は各事業所の実情及び衛生管理ポイントに応じて一人であっても複数人であってもよいと考えますが、記録を日々チェックする者は記録者とは別人であることが推奨されています。記録は1年間程度保管し、保健所の食品衛生監視員から提示を求められたら速やかに記録を提示します。
消費者からの健康被害及びその他の提供した食品に関する苦情の訴え、並びに食品衛生法に違反する食品等の情報については保健所へ速やかに連絡します。
衛生管理記録を定期的に確認して同じような問題が生じていないか検証し、繰り返し同じ問題が生じている場合には衛生管理計画の内容を見直します。